

天秤に問う
年度末が近づくにつれ、年度で様々なことが切り替わる社会の仕組みからも、人生の岐路に差し掛かることも少なくないのがこの2月や3月でしょうか。 ある方は新しい学びのスタートを切る準備、またある方は新しいキャリアのスタートを切ったり新天地へ移ることが決まったり。 ですが、人によっては何かを手放したり諦めたりする決断の時期になることも少なくないのだと思います。 置かれた状況によっては、現在の学業を諦めざるを得ない方もいれば、今の暮らしや役割、またはお仕事を変えざるを得ない方もいるかもしれません。 手放したくない選択肢を手放す決断、辛く苦しいけれど諦めないという決断。 どちらが良いとも言えないことは、人生の中で1度や2度はあるように思います。 その選択肢が2択でも3択でも、誰かに相談すればするほど、ますます迷うことも時にはあるかもしれません。 そんな時は、心の中に天秤を思い浮かべてみませんか。 そして、どうしても絞り切れない選択肢の2つをその天秤にかけてみてはどうでしょうか。 例えば、 『学業』と『生活』 『仕事』と『健康』 『役割』と『家庭』 『誰かのた


誰が何と言おうと
年が明けたかと思えば、あっという間に月末です。 新年を迎え、変わることを期待したことの多くは、あまり変わらない方もいるでしょうか。 新年になっても、人によって自分のことを良く評価してくれる人や環境が変わらずあるかもしれませんし、自分のことを不当に評価する人や環境が変わらず続いているかもしれません。 もしかすると、不当などころか理不尽で、あなたを繰り返し傷つける存在がいるかもしれません。 勿論、自分が望まない評価をする人の存在は、時として自分の理解を深めることなどに役立つことがあるのかもしれません。 ですが、自分の心や体の健康を損なうほどの言葉などが続くような時は、相手の言葉よりも耳を傾けるべき声があるかもしれません。 往々にして、ひどい言葉を発してくる側には見えていないものが多いものです。 それは、あなたがベストを尽くしたこと、懸命に努力したこと、試行錯誤したこと、汗水流したこと、努力では克服できない得手不得手などです。 でも、あなたの頑張りを一番間近で見ていて、分かっているのは他でもない自分自身かもしれません。 「最善は尽くしたよ」「あの時の私

